紹介患者さんの治療。
主訴は
他院で神経を除去されたが、歯が脆くなるので根管治療をしたくない。歯髄を残せないか?
であった。
私が思うに、このような考えの方はかなりいると思う。
ではなぜそうなるか?であるが、多くの破折歯が失活歯だからだ。
つまり、
根管治療をすると歯が割れるのではないか?
という疑念を持つ人が多い。
生活歯と失活歯の特徴をみなさんご存知だろうか?
今日はそこから論じてみよう。
以下、わかっている事実を記載していく。
<生活歯 vs 失活歯 の比較>
物理的・生体力学的特性
①水分量→ 失活歯の水分量は、生活歯より若干低いか, ほぼ変わらない(Papa J et al. Endod Dent Traumatol. 1994;10(2):91-3.)
②硬さ(硬度)→ 5〜10年経過しても生活歯と変わらない(Lewinstein I et al. J Endod. 1981;7(9):421-2.)
③(破折)抵抗力=(穴あけ剪断試験、穴あけ靭性試験、破折力)→ 生活歯とほとんど変わらない(Sedgley CM et al. J Endod. 1992;18(7):332-5.)
以上の①〜③より、
根管治療歯と生活歯は、物理的特性に差はない
ということがわかる。
しかしだ。
臨床では失活歯が破折していることが多い気がするのはどういうことだろうか?
以下の2つの文献が有名だ。
①Reeh 1989 Reduction in tooth stiffness as a result of endodontic and restorative procedures
この文献から、
根管治療の有無に関わらず、歯冠部歯質を削除すると歯牙の破折が起きやすくなる
ということがわかる。
そう。
歯冠部の破折は歯冠部歯質を削合すると起きやすくなるのだ。
つまり、
不必要なCR充填や、Inlay形成は歯牙の寿命を低下させることがわかる。
ここからも、
修復治療は人を幸せにしないということがわかるだろう。
②Trope 1985 Resistance to fracture of restored endodontically treated teeth
この文献から、
ポスト形成=過度な根管の削除は 歯質の強度を下げる
ということがわかる。
つまり、根管をGates DrillやPisso Reamerなどで削合してはいけないのだ。
そして、言い換えれば、
過度な根管の削除=テーパーの大きなNi-Ti Fileによる根管形成による歯質削除は歯根破折を誘発させる可能性が高い
ということもわかる。
これが市場から.06 TaperのNi-Ti Fileが消えた理由である。
そのようなものを使用していては…VRFだらけの歯になるだろう。
ということは…
使用すべきNi-Ti Fileはどのようなものがベターか普通の感覚の人ならわかるだろう。
以上を整理すると以下になる。
①歯冠部の歯質の破折=クラック・・・歯冠部の形成量が増えると破折しやすくなる
②歯根部の歯質の破折=歯根破折・・・歯根部(根管)の過度な形成量が増えると破折しやすくなる
が、歯冠部歯質がなくなった場合はどうすればいいだろうか?
対応方法を考えなければならない。
どうすれば歯の強度をあげることができるだろうか?
といえば、
クラウン形成・装着
だ。
①Linn et al. J Endod. 1994;20(10):479-85.
→咬頭を被覆すると、咬頭の剛性が上がり歯が割れにくくなる
②Salehrabi R et al. J Endod. 2004;30:846-50.
→約150万本の歯牙を根管治療した予後をみる研究。生存率は97%だが、残りの3%のうちの85%はクラウン修復されていない歯牙でそれが抜歯の原因になった可能性が高い
→咬頭被覆すると歯牙の生存率が上がる
③Aquilino SA et al. J Prosthet Dent. 2002;87:256-63.→クラウン装着しない場合、抜歯になる可能性が6倍
→クラウン修復しないと歯牙が破折しやすくなる
④Sorensen JA et al. J Prosthet Dent. 1984;51(6):780-4.
→歯内療法処置歯の修復=臼歯はクラウンで咬頭被覆必要、前歯は(辺縁隆線がある場合)CR充填でOK
→失活歯(臼歯)はクラウン修復が基本的に必要
このような基本を理解すれば、臨床でもどう行動すべきか?わかるだろう。
ただし…
これらの研究はほとんどがEx.vivoの実験であることを述べておこう。
ということでCaseに戻ろう。
根管治療すると歯が脆くなるから嫌だと信じているこの患者さんにどうアプローチすべきだろうか?
まずは検査を行なった。
歯内療法学的検査(2023.8.8)
#2 Cold N/A, Perc.(-), Palp.(-), BT(-), Perio probe(WNL), BT(-)
#3 Cold+2/2, Perc.(-), Palp.(-), BT(-), Perio probe(WNL), BT(-)
症状は全くない。
PA(2023.8.8)
DBとPには根管形成をしたかのような痕跡が見られる。
術者はこの2つの根管だけを扱ったのだろう。
そしてMBに手はついていない。
なぜか?
治療しにくいからだ。
やりにくいところはこのように放棄される。
それでいいのか?と思うが、これが日本の歯内療法だから仕方がない。
CTでも精査した。
CBCT(2023.8.8)
MB
MBは形成していないことがわかる。
形成していなければ、患者さんの希望は断髄であるのでそのまま形成せずにBC puttyを根管口におけばいいだろう。
本来はその必要性もないが。
DB
DBは形成されている可能性が高いだろう。
少なくともSX的な道具で根管の上部はフレア形成されていることがわかる。
であれば…根管形成は不可避であるが、この歯は抜髄症例だ。
それが証拠に根尖病変があるだろうか?
私にはあるように見えない。
最悪、ここはシーラー根充な感じになるかもしれない。
P
P根は間違いなく、根管形成されているだろう。
若干根尖部に空洞があるようにも見える。
シーラーがパフするかもしれない。
歯内療法学的診断(2023.8.8)
Pulp Dx: Previously initiated therapy
Periapical Dx: Normal apical tissues
Recommended Tx: RCTもしくはFull Pulpotomy
治療は根管治療か全部断髄か?であるが、MBはまだしもDBやPは根管形成されている可能性が高い。
つまり、
MBのみ断髄で
DB, Pは根管充填になる可能性が高いだろう。
Keyになるのは根管からの出血または出血痕だ。
それがあれば、生きていたことの証左になる。
で、あれば…断髄は可能かもしれない。
そして断髄するということは、その部分の根管は石灰化する可能性が高い。
そこに根尖病変ができれば…外科治療一択だ。
つまり、Intentional Replantationに移行する。
しかし、これらは治療前に患者さんに告げなければならない。
でなければ、貰い事故をもらう可能性が高いからだ。
患者さんは以上のことを全て了承された。
ということで、別日に治療へ移行した。
⭐︎この後、臨床動画が出てきます。不快感を感じる方は視聴をSkipしてください。
#2 RCT/Full Pulpotomy(2023.9.19)
仮封(ストッピング)を除去すると根管の中には
出血したブローチ綿花が見られた。
ブローチ綿花…
そのようなものをアメリカでは一切使用しない。
日本だけだ。
かつて、某地方都市の歯科医院で、これが巻けない!この人は!!と歯科衛生士にイビられたことがあったよなあ…
と話を戻そう。
DB, Pにはブローチ綿花が入っていた。
匂い(FC的な)もしたことから歯髄は失活させられた可能性が高い。
また、この2根は根管形成されている可能性が高い。
でないと、ブローチ綿花が入らないからだ。
MBは手付かずで出血が見られた。
これも術前の予想通りである。
ということで、
MBのみ全部断髄して、
DB, Pは(根管形成が既になされているので)シーラーでのみ根管充填することになった。
シーラーはBC puttyで封鎖した。
この後、レジンで支台築造した。
術後にPAを撮影した。
ということで治療は終了した。
さて。
これを外道な治療だ!と騒ぐ人がいる。
しかし、
抜髄・根管治療で歯髄が全て取れるだろうか?
といえば、Ni-Ti Fileで形成しても根管の35%しか形成できないのである。(Ove Peters 2001 Effects of four Ni–Ti preparation techniques on root canal geometry assessed by micro computed tomography)
歯髄が全て取れるわけがないだろう。
また、アンダー気味に根管形成+根管充填することから、
抜髄・根管治療は低位での生活歯髄療法である
と言える。
つまり、この治療は正当化される?可能性が高いのである。
ということで治療は終了した。
次回は半年後に経過を追う予定である。
また詳細をご報告します。