患者は中年の男性。
主訴は左下奥歯(ゴールドクラウン装着済み)にできものができた、とのこと。
治療前の検査は以下のようになった。
#19: Perc(-), Palp(-), Bite(-), Perio probe(WNL), Mobility(WNL). 要はペリオの問題はない。
また、できものができたということであったが私が検査した時は何もなかった。
エンドの診断は以下になる。
Pulp Dx: Previously treated, Periapical Dx: Asymptomatic Apical Periodontitis
病名に関してはAAEの病名を記憶しなければならない。
日本の、急性なんとか性ナントカ性歯周炎?とかいう病名は病理病名で歯科治療に適していないからだ。
ということで、治療前にPAを2枚撮影した。
近心根、遠心根に根尖病変が認められる。
遠心根はガッタパーチャポイントがApexと同位置にある。これは根管充填がオーバーになっている可能性を示唆させるが…
さてあなたはどのような治療を行い、どのような見通しを立てて治療を行うだろうか?
一般的に再根管治療の成功率2~4年後の予後は70%程度だ。ただし4~6年待つとその成功率は80%になる。(Torabinejad 2009)
要は症状がなければ待機ができて治癒を見込める可能性があるということだ。
しかしこのゴールドクラウンにはマージンという概念がないのか…
近心・遠心ともにオーバーハングが認められる。
これではペリオの問題が起きてしまうだろう…
事実Pocket Probeは正常であったが近心頬側および近心舌側からは出血が認められた。
患者さんには短期的な成功率は70%程度、6年程度待つと80%程度に上がると伝えた。
すると患者さんは、被曝を極端に嫌う患者さんでRe-RCTしてそれでも治癒しなければCBCTを撮影するくらいなら、抜歯を選択するというお話をしていた。
それは患者さんの決定であるので私は尊重する。
私たちは、私たちが望む方向に歯科治療を誘導すべきではない。
その先に待つものは不幸しかないからだ。
ということで再治療を行い、5〜6年程度経過観察することになった。
冠を除去し、この症例ではガッタパーチャが硬化していたため根管充填剤をクロロホルムを使用しながら溶かしながら除去していった。
クロロホルムは日本では忌み嫌われているが、USCではC-solutionとして愛好されている。
以下がそのエビデンスである。
- McDonald 1992 JOE – In vivo, Chloroform is safe for the dentist/staff. Air vapor levels were well below OSHA mandated levels (2 ppm/8 hrs).
- Chutich 1998 JOE – In vitro, No health risk to the patient, amount of chloroform expelled thru the apex (0.32mg) is several orders of magnitude below the permissible toxic dose (49mg)
- Rotstein 1999 OOO – chloroform may cause a significant softening effect on both enamel and dentin. This softening is already apparent after 5 minutes of treatment.
- Edgar/Baumgartner 2006 JOE – 60% reduction in E. faecalis using Chloroform in Retx (11/17 neg cultures Chloroform, 0/17 neg cultures Saline)
C-solutionは歯質を弱める可能性はあるが、健康に害がなく根尖部から逸出してもその量が多くなければ健康被害はないとされている。しかも難治性の細菌であるE.feacalisを抑制する作用もある。
今でも記憶に残っているが、クロロホルムは健康被害があるから日本では使用していないとUSCでCase Presentationで発表すると私はエンドの同級生&上級生&またFacultyからも総攻撃されて袋叩きにあった。
そんな論文あるならもってこい!と叱られた。
いい思い出であるが衝撃的だった。
人の価値観は多様であり、様々な考え方があり、それを許容できなければ学問とは言えないだろう。
答えがないのが、答え。
私はそれをアメリカで学んだのだ。
ということであらかたガッタパーチャポイントを根管から除去してRoot ZXで根管長を計測すると以下のようになった。
MB: 閉鎖, Reference point:MB, IBF:なし
ML: 14.0mm, reference point:M, IBF:#15.02
D: 15.5mm, reference point:DB, IBF:#15.02
作業長は感染根管であること、下歯槽神経はApexからかなり離れた位置にあることからWL=Apex-0.5mmとした。
そして以下のような形成を行なった。
MB: HyFlex EDM #40.04まで形成し、#40.04のガッタパーチャポイントを使用(試適)
ML: WL=13.5mmとしてHyFlex EDM #50.03まで形成し、#40.04のガッタパーチャポイントを使用(試適)
D: WL=15.0mmとしてHyFlex EDM #50.03まで形成し、#40.04のガッタパーチャポイントを使用(試適)
ポイント試適しPAを撮影した。
デンタルは小臼歯が中心になってしまったが被曝を気にしている患者であまりPAの撮影も希望していない方であったため、このまま良しとした。(少し妥協的になったかもしれない)
BC sealerを用いてSingle pointで根管充填し、レジンコアを築造した。
近心舌側の根管充填剤の上部に気泡が入ってしまった…
さて次回のチェックは半年後である。
半年後チェックして問題がなければ経過観察を長期にわたり続けていく。
補綴に関しては症状が見られないため再治療後間を空けずに行なってもいいし、一定期間プロビジョナルレストレーションを装着してもいいと思われる。
そこは主治医の判断にお任せになる。
このように我々、米国歯内療法専門医の強みは根管治療は1回で終わるということである。
2回以上かかる場合は何らかのトラブルが起きたと考える必要がある。
巷であるような、痛みが止まるまで何ヶ月も貼薬を続けるとか、排膿が止まるまで何度も根管形成を続けるとかは、もはや全く意味をなさないことはBasic Courseに参加した先生であれば理解できるだろう。
さて治療後、患者さんは1回で終了したことに大変感激されていた。
治療後に初めて米国歯内療法専門医が治療した凄さがわかってもらえただろう。
お互い、笑顔で握手をして半年後のリコールまでお別れし、その日の治療は終了したのである。
根管治療をしていて嬉しいのはまさにこのように行なったことに感謝された時だ。
以前も大きな根尖病変があったがすっかり治癒して感激された男性の患者さんがいらした。彼は出来上がったレントゲンの写真を写メで撮って帰っていったのだ。
そういう人との出会いや喜びの共有があるのが根管治療の醍醐味かもしれない。
明日はいい週末になりそうだ。