バイト先での治療の相談。
患者は40代男性。
主訴は
右下6(#30)をかみしめた時、固いもの噛んだときに軽い痛みを感じる程度である。とのこと。
自発痛・温熱痛等もない。
打診もない。
ペリオポケットはどの位置も正常の範囲内。動揺度も正常範囲内である。
したがって診断は、
Pulp Dx: Previously treated
Periapical Dx: Asymptomatic apical periodontitis
である。
ちなみに大学生ぐらいの頃、抜髄・根管治療を行なっている。その際はラバーダムは勿論?使用していない。
ああ悲しいかなこれが日本の歯科医療の現状だ。
ちなみにこの患者は2014年のパノラマ(患者が持っていた)、2020年のパノラマ(これも患者が持っていた)を持っていた。
バイト先の歯科医院でデンタル1枚、またCBCTを取らせていただいた。
得られたデンタル写真を見ても何のことやらさっぱりわからない。(ちなみにこの先生の病院は1枚しか取らない。いつもだ。)
ただ引っかかるのは近心根にメタルポストが挿入されていることだ。
なぜこんなところにメタルポストコアが・・・
遠心根に設置するならまだしも。。。
しかしながら歯周ポケットはどの部分も正常であった。
また近心根と遠心根の間にもう一つ根があるのが確認できる。
これはRadix Entomolarisである。
Radix Entomolarisを持つ人は世の中の数%らしいがエンドの専門のクリニックにはこうした多くの患者が訪れる。
チャンバーオープンすると根管口が不思議な位置にあることが多い。
ただこの位置は症例によって異なるのでCBCTの撮影が必須である。
また患者はパノラマのデータを持参していたのでそれも見せてもらった。
2014年といえば私がUSCに在籍したスタートの年だ。
そしてこの患者さんは2020年のパノラマのデータも持参していた。
さてこの2つのパノラマ写真を見て気がついたことがないだろうか??
2014年時には認められた近心根に詰まっていた根管充填材が消失している。
なぜだろうか?
患者にこの間(2014~2020)に再治療したか聞いたが治療していないという。
ではなぜ???
答えはこの根管充填材は粉材根充(ビタペックス)だったのだ。
何でしかしビタペックスが消えるのか???
コロナルリーケージである。
この間にコロナルリーケージが起きてしまっている。
この患者の歯牙の問題は
①デタラメな根管治療
②コロナルリーケージ
である。
ではラバーダムをしてきちんとした根管治療をすれば治癒するのか?といえばそれだけでは治癒しない。
根管治療には成功率があるのだ。これに関しては後述する。
CBCTを撮影した。
まずは近心根である。
近心根は通常、MBとMLと2根管あるはずだがこのCBCTにはMBにしか充填材が詰められていない。
冠状断を確認した。
MBはこれでもかと拡大されてビタペックスが詰められている。
に対してMLにはほとんどガッタパーチャポイントが入っていない。
さてこの根は根管治療を再度行うとどれくらい成功率があるだろうか??
おそらくこの根は1年後で70%、または穿通が確保できて根管治療をうまくやり直すことができれば90%くらいは成功率はあるだろう。5年待てれば90%も成功率はあるかもしれない。
つまりkeyはMLの穿通性を確保できるか??だ。
それは治療の前にはわからない。したがって説明としては懸命に頑張ることを伝えなければならないだろう。
では遠心根はどうだろうか???
遠心根の根尖部には鈍い光が存在する。折れたファイルだ。
ではそもそもファイルが折れたら重大な過失だろうか???
ハンドファイルが折れても治療のルールを守っていれば根管治療の成功率は90%もある。
ではNi-Ti Rotary Fileはどうだろうか???
リージョンがなければファイルが折れても治療の成功率は92.9%である。
リージョンがあると治療の成功率は86.7%になる。
しかし86.7%もあるのだ。
上記2つの論文は破折ファイルが根管治療の予後を悪くしないことを如実に示している。
USCの患者へのインフォームドコンセントには以下のように記されている。
破折ファイルをこうやったら取れました!的な講義はアメリカで流行っている?そうだ。
しかし私には何の興味もわかない。
除去する必要性があり、除去しなければならないのであれば除去を試みるがそうでなければ取る必要はない。
でもその時は外科が早いだろう。
患者に説明したのはこの根尖で折れているファイルは除去を試みるが、取れるかわからない。またもしかして根尖の外に飛び出すかもしれない。でも飛び出しても予後に影響は与えない。
私は大学生の時に根管治療をされて折れたファイルが歯槽骨の中に存在しているが何の問題も起きていない。私がその証拠だ。
さてこの患者にはもう一つ根管があった。
エンドの専門の歯科医院には多くの頻度でRadix Entomolarisの患者が来院する。
決して珍しいことではない。
さてしかしながらこのRadix entomolarisだがどこに存在し根管の形態は複雑だろうか???
残念ながら根尖病変が存在する。
根尖病変はあるがそれほどフックは強くない。
治療を試みているが途中で諦めてしまっている。
つまりここは再治療で穿通ができれば治療は成功する。
そのための手段も私にはある。
しかしながら再治療がうまく行かなければ外科治療だ。
外科治療などできるのだろうか???
M根。
ここは問題なく治療できそうである。
ではD根とRadixはどうだろうか??
何とD根とRadixは平行で同一直線上に存在する。
ということは、Radixに問題が出た場合D根は切断しないとRadixの処置ができなくなる。
かといって現時点でいきなり外科を選択することもまずあり得ない。
まず最初に再治療を行い、治癒しなければ外科治療を行うのが正しい手順だからだ。
しかし頭に入れなければならないのはこの治療の成功か失敗かはRadixの根管形成が握っているということである。
Radixがうまく根管形成できなければ私は勝負に負けるだろう。しかしうまく処置できれば私は勝つ。
つまり、D根に問題が起きればD根だけ切ればいいがRadixに問題が出ればD根を切断しないとRadixにアプローチができない。
しかも皮質骨を大きく削除する必要がある。
D根の頬側からRadixを切断しきるには長さが10.9mmである。したがって特殊なバーが必要になる。
もし治療中にRadixに外科の可能性が高いことが予見できればRadixにはMTA系の材料で充填し外科で切断だけできるようにしとかなければならない。
ということは再治療で鍵を握るのはRadixを適切に処置できるか??である。
ここに勝負の鍵が隠されている。
患者が歯根端切除術を選択しなければ意図的再植であるが脱臼しなければ抜歯ができない。
すると必ず脱臼なんかさせると歯根膜が傷つくだろう!という苦情が来るがそれは大昔の論文が示唆を与えてくれている。
しかしこれを昨年の米国歯内療法専門医日本協会で出すと、古臭い論文出しやがって!と非難された。
プレゼンの前に言ったが意図的再植の研究は古い論文がほとんどである。
アメリカでは誰もこの治療を積極的に行わない。
うまくいかなければ訴訟があるからだ。
したがって古臭い論文出しやがって!というその批判は適切ではない。
他に論文があるなら持ってこい!である。
ちなみに今年そのセミナーがあるのかないのか私は知らないが。
ということで整理すると以下のようになる。
<治療計画>
- 再根管治療(鍵はRadixの処置ができるかどうか)
- 歯根端切除術?または意図的再植術
いかがだろうか?たかが根管治療といってもここまで考えなければならない。
あなたにはそれができるだろうか?
考えもしないで治療するということは現状を知らずに戦いを挑むのと同じである。
敵を知り己を知らなければ戦いはできない。
このように多くの歯科医師の先生には考えられる人であってほしいと思う。
といつも希望しているが、それが無理だということもよくわかっている。
このようにいつも少し希望し大きく失望させられる。
その繰り返しだ。
しかし根管治療しなくても命は無くならない。
わかってる人だけに来てもらえればもうそれで私は構わないと思っている。
もう我々歯科医師は前を向いて戦うしかないのだ。